AIにはマネできない!? タクシードライバー超絶コミュ力のヒミツ
今回、ワタシゴトが関心を持ったのは、「タクシードライバー」のワークスタイル。街で出会う「ふつう」のドライバーさんの話を、詳しく聞きたいと思いました。
100年以上の歴史がある職業に、なぜ今注目するのか? 米国サンフランシスコで無人タクシーがはじまったり、日本でもライドシェアの議論が盛り上がったりと、とても現代的なテーマだと考えたからです。「テクノロジーに人間の仕事が奪われるか?」という普遍的な問いへのヒントもあるはず。
日本最大のタクシー会社日本交通のベテラン乗務員山口大介さんが、現代のタクシードライバーの実態を教えてくれました。
奥が深い!タクシードライバーの知られざるスキルとは
タクシーの乗務員はある種、特殊な仕事ではないかと思います。運転だけでなく、集客も接客も、ひとりで同時にしなければなりませんよね?
私もはじめるときは、タクシーの乗務員って、簡単にできると思っていました。でも、やってみるとなかなか難しいんです。
限られた勤務時間の中で、「いかに長い時間お客様を乗せた状態で走るか」が、業務上の重要なテーマです。そのために、私たちは街を流していますが、天気や気温、公共交通機関の状況、イベントなどで、人の流れは変わります。前日にお客様がいたところに、今日もいるとは限りません。予測して、実践してみて、失敗から学んで改善する。その繰り返しです。
社会、経済の状況を理解するために、ニュースを知っておくのも大切です。建設業界が好調だとわかれば、残業する社員の方をお乗せするために、建設会社の前で待っていたりもできますから。
すごく洞察力が必要なのですね。
今はお客様が配車アプリから呼んでくださるケースも多いので、新人でもある程度、効率よく業務できるようになりましたが、おっしゃるとおり洞察はとても重要です。それに、アプリが普及した今だから、かつて以上に求められる部分もあります。
アプリにはタクシー会社を選択する機能があります。乗車体験が悪いと、次回から選んでいただけなくなるので、乗務員のホスピタリティがとても重視されるのです。
丁寧に対応してくださるドライバーさんが増えた印象はあります。あれは、アプリの影響が大きいのですね。
もちろん、アプリだけでなくサービス品質向上にはつとめていますが、影響はありますね。私たちは、A地点からB地点の移動というタクシーの基本的な価値に加えて、「車内空間をお客様に買っていただく」という考え方でサービスを行っています。「車内に私物を置かない」「乗車中に自分から話しかけない」「急停車や急発進をしない」など、基本的なルールはマニュアルで規定されています。
それだけでは十分ではなく、スタンダードな接客の上に、いかにお客様一人ひとりに合わせた対応ができるか。乗務員のホスピタリティにかかっています。
お客様が急いでいれば、近道や空いている道を判断しなければなりません。具合の悪いお客様の場合は、できるだけゆれないよう、大きな道を信号待ちがないように走ります。グループで楽しそうに会話しているときには、できるだけ存在を消します。
まさに洞察力ですね…。よほど急いでいる、などの事情がないかぎり、要望がはっきり伝えられないことのほうが多いですよね。
はい。口に出して言うお客様ばかりではありません。ですから、観察することがとても大切です。
私は必ず「ご乗車ありがとうございます」と、お客様の目を見てごあいさつしています。「どちらまでお送り致しますか?」「ご指定のルートはございますか?」と、短い会話のなかでお客様の様子を観察するのです。
もっと言えば、お客様が手を上げてから車を寄せるまでの数秒間で、雰囲気を察知しています。
おかげで、プライベートで街を歩いていても、「タクシーに乗りそうだ」「この人は急いでいるな」「これから〇〇へ行くのかな」と、察しが付くようになりました(笑)。
AIはタクシードライバーの仕事を奪うのか?
すごい特殊能力! 口に出さないだけでなく、お客様自身もニーズを意識していない場合もあるのではないですか?
以前、私がお送りした、三世代で家族旅行に来ていたお客様は、特に急いではいないご様子でしたので、ご指定のルートがないことを確認したうえで、高速ではなく一般道を使うコースを提案しました。さほど料金は変わらず、東京の新名所を見てまわることができます。
大変喜んでいただき、ご家族が東京へお越しの際は、たびたびご指名をいただけるようになりました。
これは、隠れていたニーズを引き出し、対応できた例だと思います。
そのとおりですね。自動運転や生成AIには、まだ難しい部分でしょうか。
私たちはそう考えています。
まさに配車アプリでそうなったように、乗務員のワークスタイルで、ホスピタリティやコミュニケーションの重要性が増すのは、間違いのない流れです。
当社は、「一般乗務員」「ゴールド乗務員」という、乗務員のランクを設けています。なかでも、特に経験やホスピタリティの優れた者が「スリースター乗務員」、専門スキルを磨いたものが「観光タクシー」「サポートタクシー」「キッズタクシー」といった「EDS®(エキスパート・ドライバー・サービス)乗務員」へとキャリアアップしていきます。
AIや自動運転、またはライドシェアの仕組みが普及すれば、移動だけのサービスは代替されるかもしれません。しかし、タクシーが完全に取って代わられることはなく、特にスリースターやEDSが象徴するようなホスピタリティの業務は、将来に渡って人間でなければできない仕事だと考えています。
まとめの編集会議
ワタシゴト編集部の木下(コラボスタイル社員)と小越(フリーランスライター)が、取材を振り返り、未来のワークスタイルを考えます。
小越:突然ですが、中島みゆきさんの「タクシードライバー」という名曲を知っていますか?
木下:いえ…知りませんでした。
小越:失恋して絶望した女性と、タクシードライバーのさりげない触れ合いを描いた曲です。サビがじーんときます。
タクシー・ドライバー 苦労人とみえて
あたしの泣き顔 見て見ぬふり
天気予報が 今夜もはずれた話と
野球の話ばかり 何度も何度も 繰り返す
くぅ〜〜〜染みる😭木下さんも泣けてくるでしょう?
木下:そ、そうですね🙄
小越:明らかに傷ついた女性に、「大丈夫?」なんて聞いたら、余計に傷つけてしまいます。だから、あえて当たり障りのない話をするんですが、無難に過ごすなら、放っておいたってよいはずです。
でも、何度も話しかけられることで、その間、女性はひとりぼっちではなくなります。この小さなぬくもりに、女性は救われる。彼女はどん底の中でかろうじて、明日から前を向けるんじゃないかと思います。
このコミュニケーションって、ものすごいスキルじゃないですか!?
木下:なるほど。文脈を察していないと、できないコミュニケーションです。山口さんたちの「洞察」ですね。
小越:そう、密室で微妙な距離感のあるタクシーって、すごく独特な空間だと思います。そのなかで、年間5000組も乗せるそうですから、ドライバーさんの中には有形、無形のナレッジが相当に積み上がっているはずです。
木下:だから、AIや自動運転に取って代わられる職業ではないと?
小越:それはわかりません。個人的には、自動運転もライドシェアも進んで、代替される部分もあると思います。でも、すべてではないし、タクシードライバーのスキルが、まったく別の職業に転用されたり、新たな職業ができたりは、あり得ると思います。
木下:機械でどんどん便利になるのはよいですが、「余計なもの」がほしいときもありますよね。
山口さんが東京を見せてあげたいとあえて一般道を走ったり、中島みゆきさんの「タクシードライバー」が天気予報の話をしたり。その「余計」を判断できるのって、人間のすごい力だし、タクシー以外でも、色々なところで使える核心的なスキルだと思います。
小越:そういう目に見えない専門性みたいなもの、ドライバーさんにかぎらず、結構いろんな職業にあるんじゃないですかね。例えば、木下さんのインサイドセールスにも。
木下:そうかも!
小越:目に見えないスキルを自覚して、日常業務やキャリアの選択に応用できれば、どんなにAIが進化しても、人間しかできない仕事を作っていけるんじゃないかと。
木下:もっといえば、自分らしい、自分しかできない仕事、ですよね。タクシードライバーから、次世代のワークスタイルが見えてきました!